ビーナスラインを渡る風 蓼科高原荘スタッフブログ
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ぶらり旅 松本市をたずねました。②
皆様、こんにちは。「松本市をたずねる旅」、きょうはこちらからご案内します(^0^)/
注:写真と説明は3月28日現在のものです。

↓「旧開智学校」と同様、皆様よくご存じだと思います。「松本城」にやってきました。


「松本城」は、戦国時代の永正年間につくられた「深志城」がはじまり。天守は現存最古の五重六階の木造天守です。黒と白のコントラストが特徴的です。 明治5年(1872年)には天守が競売にかけられ、一時は解体の危機がおとずれましたが、地元有力者の尽力によって買い戻され、難を逃れたとの事です(汗)

天守は昭和11年(1936年)4月20日に国宝に指定されました。城跡は国の史跡です。

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冒頭の写真、天守の右側にあるのが「辰巳附櫓」・「月見櫓」(赤い手すり?)です。こちらは、戦国時代がおわり世の中が落ち着いた寛永年代に増設されたものです。「天守」が戦い(攻撃と防御)のためにつくられたのに対し、こちらは優雅な月見?のためにつくられました。天守の建物に「月見櫓」が接続しているという「複合連結式天守」は「松本城」だけだそうです。

この「辰巳附櫓」・「月見櫓」は、3代将軍・家光が長野の善光寺に参拝する途中、松本に立ち寄ることになったため、当時の藩主・松平直政が建てたものだそうです(汗)

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享保12年(1727年)に本丸御殿が焼失し、以後の藩政は二の丸で執務がとられました。

↓「人力車」。
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付近の周遊がたのしめるようです(汗)

↓城の東側にある「太鼓門」。
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こちらの外にある松本市役所の駐車場は日曜日は無料開放されているそうです!ただし駐車スペースはすくないようですので、朝はやく行かなければいけないかもしれません(脂汗)

↓「桜」はまだつぼみも堅そうでした(汗)
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松本城管理事務所による開花宣言のあと、「夜桜会」などのイベントがあるそうですよ。旅の計画に組み込まれては、いかがでしょうか。情報はこちら → 松本城イベント情報

↓「梅」はこんなかんじです。3分咲きといったところでしょうか。
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↓こちらは西側から望む天守です。
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いやー「国宝・松本城天守」、一見の価値ありですよー(^0^)/

ここでスタッフはおなかが空いてきたようで、次回はお昼ごはんのリポートからだそうです(汗だく)






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ぶらり旅 松本市をたずねました。①
皆様、こんにちは。いやー、今年度もまもなく終わりです。現役の方はお忙しい日々を過ごしておられると思います。先日は降雪がありおどろきましたが、さすがに積もることはなかったです。いまはほとんど解けています(^0^)/

きのう3月28日、スタッフが松本市をたずねてきましたのでリポートします。

↓最初に訪れたのはこちら。皆様よくご存じかと思います。「旧開智学校」です。


明治6年(1873年)5月に廃寺を仮校舎として開校。明治9年(1876年)には仮校舎として使用していた廃寺の跡地に新校舎が竣工しました。その後、昭和38年3月まで約90年間使用された、わが国で最も古い小学校のひとつです。昭和36年(1961年)3月23日、重要文化財の指定を受けました(汗)

建築様式は和洋混合の擬洋風建築。東京大学の前身である「開成学校」などを参考にしたそうです。幸いにも戦災を免れ、昭和38年に現在の場所に移築されました。

↓「旧開智学校」への案内看板。いまの開智小学校の西側にありました。
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今回は松本市営駐車場(有料)を利用しましたが、「旧開智学校」見学者用の無料駐車場がありましたので、こちらを利用した方がよいでしょう(汗だく)

↓石碑。
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↓重要文化財の案内。
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↓校内の案内図も親切に整備されています(汗)
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↓廊下の様子。
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いやー木造の校舎、なつかしいですねー(涙) ほかの見学者の人も、「むかしはこんな様子だったんだねー」と見入っていました。当日はあたたかな日でしたが、校舎内はたいへん寒かったです。もうしばらくは、あたたかい服装が必要ですかね(脂汗)

↓教室の様子です。そうそう、「オルガン」があったんですよねー。
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教壇に立っている初老(また失礼!)の紳士は?あ・・・料理長でした(冷汗) よく見ると黒板の右端に「三月二十八日(火)」と書かれてますね。うーん、なかなか細かい演出ですなー、あっはっは(^0^)/

↓こちらは現在の「開智小学校」です。
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ほうほう、どことなく「旧開智学校」の面影をのこしてますね(汗)

「旧開智学校」の住所は、松本市開智2-4-12です。電車の場合はJR松本駅からバスをご利用下さい。
情報は、こちらを。 → 松本市公式ホームページ

このあと「松本城」に向かいます。次回をお楽しみに。



ぶらり旅 「春の陽気に誘われて」⑤
皆様、こんにちは。きのうは予想外の雪に見舞われましたが、もうほとんど解けましたので、ご安心下さい(汗)

「諏訪湖周辺ぶらり旅」は、きょうが最終回です。皆様にもおなじみの、↓こちらからご案内します。

↓蓼科高原荘でも人気のお酒「真澄」の蔵元、「宮坂醸造株式会社」です。


「真澄」の銘柄の由来は、諏訪大社の宝物「真澄の鏡」だそうです。いま全国の蔵元に普及している「七号酵母」は、こちらの酒蔵で発見されたものです。 → 協会酵母とは?

↓蔵元のとなりに、おしゃれな売店があります。
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お酒はもちろん、「お猪口」や「ぐい呑みグラス」の他、真澄のグッズ等、いろいろ販売しています(^0^)/

つづいて向かったのがこちら。諏訪インター近くのこのお店。

↓「おぎのやドライブイン・諏訪店」です。大型観光バスも駐車できる広い駐車場があります。
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「峠の釜めし」で有名な「荻野屋」は、明治18年(1885年)、群馬県の信越本線・横川駅前で創業しました。横川駅~軽井沢駅間の「碓氷峠」では、日本一の急こう配が立ちはだかっていました。そのため列車の前後に補助機関車を連結しないと峠を上る(下る)ことができませんでした。機関車の連結作業のため、横川駅ではすべての列車が長時間停車、駅弁の販売には適していました。列車が発車する際に販売員がホームに整列し、深々とお辞儀をしていたのは有名ですよね。

「峠の釜めし」は、4代目社長の高見澤みねじが乗客ひとりひとりに要望を聞いて回り、昭和32年に考案したものです。その姿勢、おおいに見習いたいですね。さらに、モータリゼーションの発展に合わせて国道18号沿いにドライブインを建設、多くの観光バスが休憩のために立ち寄る名所となりました。

その後、長野県各所にドライブインを建設。こちらの「諏訪店」は昭和58年4月21日にオープンしました。信越本線が北陸(長野)新幹線に、国道18号が上信越自動車道に役目を譲り、横川での売上は減ったそうですが、「横川以外」での売上比率を70%以上にまで高めていたため、経営への影響は最小限でした。これらの「先見の明」は、特筆すべきものだと思います。

「諏訪店」では、お土産品もたくさん取り揃えてますよー。 → おぎのや

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さて今回の旅?の大トリは、こちら。

↓皆様おなじみの「大社煎餅・諏訪店」です。
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創業以来90余年、現在も仕込みから包装にいたるまで、「手作業」を貫いています(汗)

いやー今回の旅、歴史や伝統を守る姿勢、伝統にとらわれずに時代の変化にあわせる姿勢・・・いろいろ勉強になりました(汗)・・・あっ、実際に旅したのはスタッフと料理長ですけどね(汗だく)

これからいい季節になります。皆様お誘いあわせの上、ぜひ蓼科高原荘と信州の旅をお楽しみ下さい。スタッフ一同、お待ちしております!



ぶらり旅 「春の陽気に誘われて」④
皆様、こんにちは。いやー、また雪が降るとは思いませんでした。

きょうは↓この通りです(汗)


↓夜、買い出しに行きました。(ロビーに置いている雑誌の発売日にあわせて)
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市街地は雨でした(汗)

「諏訪湖周辺のぶらり旅」、きょうはこちらからご紹介します。注:写真は3月15日に撮影したものです(大汗)

↓諏訪湖畔、間欠泉センターの正面にある「タケヤみそ」の工場。
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「タケヤみそ」は創業明治5年(1872年)。「ひと味ちがう~」のテレビコマーシャルは、あまりにも有名ですよね。

工場の一角にある「タケヤ味噌会館」に立ち寄ってみました。

↓売店では、いろいろなグッズ、おみやげ、みその計り売りなどがありました。
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↓ここにしかない?「ごまみそソフトクリーム」。いやー、たべてみたいですねー(^0^)/
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↓売店前の大きな釜。
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「タケヤ味噌会館」の情報は、こちら。→ タケヤ味噌会館

つづいて向かったのが、↓こちらです。

↓「湖畔公園足湯」。
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平成13年4月オープン。上諏訪温泉発祥の地である「七ツ釜源泉」を引いてます(汗)

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↓当日は小学生が足湯につかっていました(汗)
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↓「自然浴さんぽ路」。
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足湯であたたまった足をさらに刺激?または先に刺激した足を足湯であたためる?まっ、どちらにしても気持ちよさそうです(汗だく)

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「足湯」の情報は、こちらからどうぞ。→ 足湯

次回は皆様よくご存じの「あの場所」に向かいます。お楽しみに。



ぶらり旅 「春の陽気に誘われて」③
皆様、こんにちは。連休は多くのお客様にご利用いただき、ありがとうございましたー(^0^)/

きょうは3月20日。「春分の日」です。「春分の日」を中日に前後3日を含めた7日間が「春のお彼岸」ですね。「暑さ寒さも彼岸まで」というように、本格的にあたたかさを感じるようになりました。

毎年よ 彼岸の入(いり)に 寒いのは

これは明治26年(1893年)に正岡子規が詠んだ句です。子規が母親に「彼岸というのに寒いね」と言うと、母親が「毎年よ、彼岸の入りに寒いのは」と答えました。このとき子規は、母親の言葉が「五・七・五」調になっているのに気づき、俳句としたのだそうです。これがのちに口語体の俳句の基本形となる名句といわれているそうです(汗)昔の人は敏感だったんですねー。

さて諏訪湖周辺の「ぶらり旅」、きょうはこちらからご紹介します。注:写真は3月15日現在のものです(大汗)

↓こちらは「高島城」です。豊臣秀吉臣下の日根野織部正高吉によって築城されました。かつては諏訪湖に突き出した「水城」で、「諏訪の浮城(うきしろ)」と呼ばれた難攻不落の城でしたが、江戸時代に諏訪湖の干拓が行われ、その面影はなくなりました。


明治9年(1876年)に「高島公園」として一般に開放されました。現在の天守閣は昭和45年(1970年)に再建されたものです。園内は桜の名所としても知られています。↑こちらの写真の左側も桜です。えっ?まだぜんぜん咲いてないって?ふっふっふ・・・咲いてから紹介したのでは遅いと思い、先手を打って様子を見てきたということです。見ごろは4月中旬ですよー。あと樹齢約130年の藤も有名です。こちらの見ごろは5月中旬~下旬です(汗)

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↓園内の案内図。
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↓料金表。
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↓「三之丸御殿裏門」。
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城が諏訪湖に面していたころは、ここから舟に乗ることができたそうです(汗)

↓桜が満開になったら、みごとですよー(^0^)/
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↓城の外に出てみました。
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↓ほうほう、「高島藩主諏訪家墓所」が国史跡に指定ですか。
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↓こちらは園内にある「諏訪護国神社」。戦没者がまつられています。
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ちゃんと「御柱」が建ってますね。

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こちらのブログは前回で連載?250回をむかえました。読者の皆様あってのブログです。今後とも、よろしくお願いいたします!

では次回をお楽しみに。

↓だれか「拍手」してー(^0^)/




ぶらり旅 「春の陽気に誘われて」②
皆様、こんにちは。相変わらず雪はありません(汗)

↓池の氷は、ほぼ解けています。


↓きょうはスタッフに落ち葉清掃をしてもらいました。
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↓そして、な、なんと!錦鯉くんたちが冬眠からさめて活動をはじめたのを確認しました。
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昨年より、だいぶ早いと思います。まだ動きはゆっくりです(汗)

さて、「諏訪湖周辺のぶらり旅」、きょうはこちらからご案内します。

↓「諏訪湖いちご園」。
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いちご狩りが楽しめます(^0^)/ 「城山福寿草園」から諏訪湖をめざしていくと大きな看板があり、わかりやすいです。

↓こちらが受付です。大型観光バスも来ていました。
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↓大きな温室が6棟くらいあり、中で収穫できます。
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営業は6月30日まで、要予約です。品種は「あきひめ」・「さちのか」などです。

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↓この写真ではわかりにくいですが、期間によって料金がちがいます(汗)
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温室内では、なんと「30分食べ放題」です。注:持ち帰りは別途料金。

くわしくは、こちらをどうぞ。→ 諏訪湖いちご園

↓「諏訪湖ダックツアー」のポスター。よくみると昨年のものですね(脂汗)
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水陸両用バスで諏訪湖をクルーズ!!ことしの営業は4月1日(土)からです。こちらも要予約です(汗)
情報は、こちらからどうぞ。→ 諏訪湖ダックツアー

次回は「高島城」に向かいます。お楽しみに。




ぶらり旅 「春の陽気に誘われて」①
皆様、こんにちは。いやー蓼科高原荘の周辺、相変わらず雪はほとんどありません。日陰に若干のこっている程度です。このまま本格的な春となるのでしょうか(^0^)/

さて先日、衝撃的?なニュースが飛び込んできました。江戸時代からつづく↓こちらの公衆浴場「精進湯」が、今月いっぱいで閉館となるのだそうです。スタッフには早速現地に飛んでもらいました。あわせて諏訪湖周辺を「ぶらり旅」してきましたので、リポートします。


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創設年は定かではありませんが、寛文4年(1664年)に高島藩三代藩主・諏訪忠晴が画工に命じて作らせたとされる「御枕屏風(おまくらびょうぶ)」に、「精進湯」が描かれています。少なくとも353年前ですね(冷汗)昭和53年から、全国的にも数少ない市営の温泉公衆浴場となり、多くの市民や観光客に親しまれてきました。場所はJR上諏訪駅からほど近いところです。

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「精進湯」では、長らく(長すぎでしょう!)のご愛顧に感謝の気持ちをこめて、なんと!
3月25日(土)~3月31日(金)まで無料!!
だそうです。(3月27日は定休日) 皆様、「精進湯」に行くなら今ですよー。

では3月15日の「ぶらり旅」をリポートします(脂汗)

↓こちらは「大熊城跡(城址)」です。
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場所は・・・わかりにくかったようです(汗) 「諏訪大社・上社本宮」から県道16号を岡谷方面へ~どさん娘ラーメンを左手に見て~2つ目の信号を左折して上っていくと、3~4分で到着・・・だそうです(大汗)

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その昔の大熊城(千野氏の居城)の跡地で、今は城郭の名残が残るのみです(汗) 築城年は不詳ですが、文献では文明15年(1483年)に、その名が見られるそうです。天文11年(1542年)に武田信玄の侵攻によって落城しました。

↓石の祠(ほこら)。「千野丹波守房清霊祠」と彫られています。
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↓「大熊城跡(城址)」からの景観。
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じつは「中央自動車道」の建設により城址が分断されてしまい、今では一部が残るだけだとか。

↓こちらは「城山福寿草園」。「大熊城跡(城址)」の近くです。
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大熊地籍の中央道沿い、諏訪湖を見下ろせる高台にあります。この福寿草、自生ではなく近所の農家の人が栽培しているそうです(約12000株)。福寿草は別名「元日草」ともよばれ、新年を祝う花として古来から親しまれています。

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つぎは「諏訪湖いちご園」に向かいます。次回をお楽しみに。





ことしもありますよー。「御柱祭」⑦
皆様、こんにちは。いま蓼科高原荘の周辺は↓こんな感じで、庭や道路に雪はほとんどありません(汗)このまま本格的な春になってくれればいいのですが、まだ油断はできませんねー。


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「小野御柱」のリポートは、きょうが最終回です。岡谷市の様子を見て、蓼科高原荘へ戻ります(^0^)/

↓(釜口)水門のすぐ脇の道路。うなぎの町らしく、蒲焼き屋さんがつらなっていました。
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↓途中立ち寄ったのが、こちら。「岡谷蚕糸博物館(シルクファクトおかや)」です。
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↓当日(3月1日)は休館日でした(汗だく)
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岡谷市は、その昔一大製糸業地として栄えました。こちらの博物館は昭和39年に開設され、平成26年に現在の場所へ移転したそうです。

↓建設の経緯が記されていました。
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↓こちらは「のこぎり屋根」の由来。
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「のこぎり屋根」・・・、あー最近は見かけませんが、工場でよく用いられた屋根ですよね?「のこぎり屋根」の垂直部分が採光用の窓だという事は知っていましたが、今回しらべてみましたら意外?な事実が判明しました。この窓、採光用ですから南側かと思いきや、なんと北側だそうです。???北側では暗そうな気がしますよね。ところが織物工場では、あえて北側にするのだそうです。その理由は、①直射日光が入るのを抑える ②日中の光量の変化が少ない ③織物が日焼けするのを防ぐ ④布の色や柄を見るのに適している ・・・等々です。ほうほう、なるほど。そういう意味があったんですね。

さて今回の「小野・岡谷の旅」?の大トリをかざるのは、↓こちら。
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蓼科高原荘にお酒を納品してもらっている、有限会社 高橋醸造さんです。本業は醤油の醸造です。こだわりの商品も販売されています。通販もありますよー(^0^)/ ホームページはこちら→ 高橋醸造 

今週はまたスタッフに情報集めをしてもらいます。次のシリーズをお楽しみに。

「小野御柱」の情報は、こちらからどうぞ → 小野おんばしら
準備状況などの情報がありましたら、またアップします。



ことしもありますよー。「御柱祭」⑥
皆様、こんにちは。「蓼科高原荘への帰り道」のつづきです。

「小野神社」と「矢彦神社」の新しい御柱8本は、現在あちこちに点在して仮置きされているようです。探し回った?結果、一本見つけることができましたー(汗)

↓おおーーーっ!りっぱな御柱ですねー。「矢彦神社一之御柱」です。

「諏訪大社」の御柱にも勝るとも劣らない迫力です。

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↓あら?ずいぶんかわいい御柱ですねー。「子供御柱」。(こちらは番外)
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地域の人々が一体となって、お祭りを盛り上げるんですねー(^0^)/

のこりの御柱は未確認・・・後ろ髪をひかれる思い?で、帰路に就きます(脂汗)

↓「信州塩尻農業公園 チロルの森」。冬期休園中でした(汗だく)
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開園したら、またご紹介します。

途中立ち寄ったのは↓こちら、「岡谷湖畔公園」です。
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夏には「岡谷湖上花火」などの催しがあるそうです。市民の憩いの場なんでしょうね。

↓ほうほう、お子様用の「遊具」もあります。
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↓諏訪湖の眺望。蓼科高原荘から見ると、反対側ですね。
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↓こちらは「釜口水門」。「天竜川」の起点です(汗)
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今回勉強するまで知らなかったのですが、諏訪湖に「流入」する河川は31もあるそうです。しかし「流出」するのは「天竜川」のみ。諏訪湖をとりまく流域面積は湖の面積の40倍にもなり、大雨が降るとたちまち氾濫していたそうです。このため古くから治水工事に着手。昭和11年に近代的な水門が竣工しました。しかし能力が足りず、昭和63年に放水能力毎秒600トンの新水門が完成したとの事です。

地元出身の小口太郎は、故郷の諏訪湖を思い出して、「琵琶湖周航の歌」を作詞したそうです。この近くに銅像が立っています。余談ですが、「琵琶湖周航の歌」の原曲「ひつじぐさ」を作曲したのは新潟出身の吉田千秋という人で、この二人はお互いを知らず、それぞれ二十代でこの世を去っています。

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↓晴天時には、遠く富士山が望めます!
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↓「釜口水門管理事務所」。2階に資料室があります。(無料)
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開館時間は8時30分~5時15分。年中無休です。

ここまで来たら、岡谷市の様子も見て帰りたいと思います(脂汗) 次回をお楽しみに。

「小野御柱」の情報は、こちら → 小野おんばしら

ことしもありますよー。「御柱祭」⑤
皆様、こんにちは。3月に入ってあたたかい日が続いていたのですが、ここ2~3日はまたちょっと寒くなっています。

「小野神社」・「矢彦神社」のリポートを終え蓼科高原荘へ帰る途中、ちょっと寄り道しましたので、ご報告します。

両神社からほど近い場所にあるのが↓こちら、「株式会社 小野酒造店」です。


創業は元治元年(1864年)。看板商品は「夜明け前」というお酒です。「夜明け前」といえば・・・「木曽路はすべて山の中である」の書き出しで有名な島崎藤村の小説ですよね。この小野の地と藤村の「夜明け前」は深いつながりがあるそうで、藤村の嫡男、島崎楠雄氏から直接許可を得て、小説の名前を商標として冠しているのだとか。

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↓小野酒造さんのすぐとなり、「小野光賢 光景記念館」。
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小野光賢という人は、小野の生まれで横浜に出て貿易業を営み、横浜草創期に尽力した人だそうです。小野光景はその長男で、横浜正金銀行(東京銀行の前身)の頭取を務めた人。近代化に大きな足跡を残した人です。(ネットでしらべたうんちく)

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↓「JR小野駅」。この小野駅の開設にも小野光景が力を注いだそうです。
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↓お昼はこちらでいただきましたー。「みさき食堂」。昼は食堂、夜は居酒屋になるみたいです(汗)
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ねぎ豚ラーメン、770円。おいしかったです!!

さて、もう少し寄り道して帰りましょう。次回をお楽しみに。

「小野御柱祭」の情報は、こちら → 小野おんばしら



きのうは業務報告のため上京しました。
皆様、こんにちは。「小野御柱」はひとやすみ。きのうは業務報告のため上京しました。

↓朝食・チェックアウト対応をしてからだったため、遅めの出発となりました(^0^)/


↓スーパーあずさ14号。ほぼ定刻通りに到着しました。
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↓茅野駅を出発。では行ってきまーす(^0^)/
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この「スーパーあずさ」は、なぜ「スーパー」が付くのでしょう?皆様疑問に思われたことはありますか?実はこの「E351」という車両、特殊な機能をそなえた車両なんですよ。この路線(中央本線)では小刻みにカーブが続く山岳地帯を走るため、カーブをいかに速く通過するかが重要になってきます。この「E351」、「振り子式電車」と呼ばれています。カーブを通過する際に車体を内側に傾けて遠心力を軽減する事でスピードアップが図られています。「あずさ」と「スーパーあずさ」の違いです。その走りを見てみると・・・

↓左カーブ。
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↓右カーブ。
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・・・といった具合です。あ・・・この写真、多少誇張してカメラを傾けて撮影してます(大汗)

↓停車駅の少ない(甲府と八王子だけ)列車だったため、2時間たらずで新宿に着きました。
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・・・この写真も傾いてます、ゴメンナサイ(脂汗)

↓「信用金庫健保会館」。御茶ノ水です。
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報告会では、来年度に向けた意気込みを熱く語ってきましたよ(汗だく)

↓スペースの都合で、あっというまに帰路です(また汗)
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↓帰りも「スーパーあずさ」。また右に左に傾くわけですね・・・(汗)
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↓この「E351」、じつはもうすぐ引退する予定です(涙)
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以前にこのブログでも紹介しました「E353」が、そのあとを引き継ぎます。

↓新宿をあとに。うーん、最後の写真も傾いてます(また汗)
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またあしたからがんばります。皆様、お忙しい時期だと思いますが、リフレッシュはぜひ蓼科高原荘でどうぞ!




ことしもありますよー。「御柱祭」④
皆様、こんにちは。おかげさまで、きのうは

「1拍手」いただきましたー!
キャー!キャー!
ありがとうございましたー(^0^)/ (単純)


では、きょうは「矢彦神社」の現在の御柱をご紹介します。

↓「一之御柱」。

「小野神社」の御柱は赤松でしたが、こちらは「諏訪大社」とおなじ樅(もみ)の木です。境内の雰囲気も、なんとなく諏訪大社に似てます(汗)

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↓「二之御柱」。
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右に見えるのは「神楽殿」ですね(^0^)/

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激しい曳行のあとでしょうか、こちらの面は平らになってます(冷汗)

↓「三之御柱」。
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うっそうと茂ったこの社叢は、針葉樹と広葉樹の混合で、長野県指定天然記念物です(汗)

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↓「四之御柱」。
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ここまで「小野神社」と「矢彦神社」を見てきました。先日もご紹介しました通り、元はひとつの神社だったのですが、領地争いによって境内が分割され、ふたつの神社となりました。豊臣秀吉の裁定により分割されたのは天正19年(1591年)のことです。426年前です(汗)

いつの時代も、政治や争いに翻弄されるのは一般市民ですね。「ふたつの小野」と呼ばれるこの地区のひとびと、今では仲良く交流しているとの事。小学校は辰野町塩尻市学校組合立の「両小野小学校」が辰野町にあり、中学校は塩尻市辰野町中学校組合立の「両小野中学校」が塩尻市に置かれている、といった具合です。

これから帰路に就きますが、せっかくここまで来たのですから沿道で話題を探したいと思います。次回をお楽しみに。

「小野御柱」の情報は、こちら → 小野おんばしら

昨年の「諏訪大社・御柱祭」の雰囲気を思い出したい方は、こちら → 御柱/美咲 




ことしもありますよー。「御柱祭」③
皆様、こんにちは。あ・・・原稿を書くのはいつも夜ですけどね(汗)
最近だれも拍手してくれないので、少々へこんでます。

だれか拍手してー!(興奮)


さて、気を取り直して・・・きょうは「矢彦神社」をご紹介します。

↓おおーーーっ!威風堂々たる鳥居ですねー(^0^)/


先日もご紹介しました通り、「小野神社」と「矢彦神社」、もともとはひとつの神社でしたが領地争いで境内が分割され、今はふたつの神社になっています(汗)

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今回写真はありませんが、松尾芭蕉の句碑が立っているそうです。

うき我を さびしがらせよ 閑古鳥

「閑古鳥よ、気がふさいでいるわたしをさびしがらせておくれ。しばらくはそのさびしさを心の主として過ごすから」
・・・という意味です。うーん、なんだか物悲しい句ですねー(涙)
元禄四年(1691年)、芭蕉48歳の時の句だそうです。

↓こちらは拝殿です。
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ん?この建物、どこかで見たような・・・。

あーこれ、「諏訪大社・下社秋宮」の拝殿にそっくりですよ。それもそのはず、おなじ「立川流」の建築なんです(^0^)/

↓「神楽殿」。こちらも立川流です。
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矢彦神社の「拝殿」と左右の「回廊」、「神楽殿」、「勅使殿」の5棟は、長野県宝に指定されています。

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↓「御柱祭」の日程が記されています。
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次回は「矢彦神社」の現在の御柱をご紹介します。

「小野御柱」の情報は、こちら → 小野おんばしら




ことしもありますよー。「御柱祭」②
皆様、こんにちは。きょう3月5日は二十四節気の「啓蟄」です。陽気に誘われて、冬ごもりをしていた虫が土の中から這い出てくる頃、とされています。たしかに今年は3月に入って気温が高めの日がつづいています。

さて、前回につづいて「小野神社」のご紹介です。



↓拝殿。少々「ピンボケ」です(汗)
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↓「神楽殿」。
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「神楽」とは、神道の神事において神に奉納するため奏される歌舞のこと。「神楽殿」は神楽を舞うための施設です(汗)

↓社務所に人は常駐していないようで、絵馬やおみくじは「セルフ」で購入するようになっていました(大汗)
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では、お待たせしました。今立っている「御柱」を見ていきましょう。

↓「一之柱」。
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皆様、お気づきでしょうか?そうです。小野神社の「御柱」は赤松なんですねー。「諏訪大社」の御柱は「樅(もみ)の木」です。赤松といえば、蓼科高原荘の庭の木も赤松ですよね。なんだか親近感がわいてきますねー、あっはっは(^0^)/

↓「二之柱」。自分の目では見ていませんので、臨場感がよくわかりません(脂汗)
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↓「三之柱」。よーく見ないと、どれが御柱かわかりません(汗)
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↓「四之柱」。
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次回は「矢彦神社」に向かいます。向かうといってもすぐ隣ですけどね(汗だく)

蓼科高原荘では「夕食春メニュー」がはじまりました。近々写真をアップしますので、お楽しみに。現役の方、年度末でお忙しいとは思いますが、ぜひ蓼科高原荘でリフレッシュしてください(しっかりPR)

「小野御柱」の情報は、こちらからどうぞ。 → 小野おんばしら










ことしもありますよー。「御柱祭」①
皆様、こんにちは。いやーもう3月、弥生ですよ。月日が経つのは早いものですねー、あっはっは(^0^)/ (こればっかり)
・・・3月といえば年度末、現役の方は忙しい時期だと思います。仕事の疲れを癒すには「蓼科高原荘」がいちばんですよー。皆様ぜひお越しください。(冒頭から強引なPR)

「冬の観光案内・奥蓼科をたずねて」はまだ完結していないのですが、あとに原稿?がたくさん控えてまして、まことに勝手ながら、しばらく中断させていただきます(汗)つづきはまた機会を見てアップしますので、どうかご了承ください。

さて、きょうのタイトルを見て「えっ?」と思われた方も多いと思います。「御柱祭って、昨年終わったんじゃないの?」
・・・ふっふっふ、実はことしも「御柱祭」があるんですよ。きょうからたっぷり?リポートしていきたいと思います。リポート担当は蓼科高原荘スタッフです。きのう3月1日に視察してきてもらいました。

↓舞台はこちら。


蓼科高原荘から見ると諏訪湖の反対側、岡谷市を抜けて県道254号を西へ。↑見えてきたのが「小野神社」です。追ってご紹介しますが、「小野神社」のすぐとなりには「矢彦神社」があります。両神社では諏訪大社の御柱祭の翌年、卯年と酉年に「小野御柱祭」が行われます。諏訪大社の勇壮さに比べ、こちらはきらびやかな衣装が特徴。昔から「人を見るなら諏訪御柱、綺羅(きら)を見るなら小野御柱」と言い伝えられているそうです。では「小野神社」からご紹介します。

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創建年代は不詳で、国史・神名帳等の文献にも「小野神社」・「矢彦神社」に関する記載はないそうです(汗)古くはひとつの神社だったのですが、小野盆地において飯田城主・毛利秀頼と松本城主・石川数正の領地争いがあって、天正19年(1591年)、豊臣秀吉の裁定によって盆地が北小野・南小野に分けられたのに伴い、神社境内も分割された・・・そうです。「小野神社」・「矢彦神社」とも境内は(塩尻市)北小野の地籍であったのですが、社叢南半分の「矢彦神社」が(辰野町)小野の飛地という扱いになり、この状態が現在に至るまでつづいているそうです(汗)

↓ことしの御柱祭の横断幕。
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↓消えかかっていますが(汗)、駐車場の案内です。
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このすぐ先に、10台ほどの駐車スペースがありました。ここと神社前の駐車スペース(5台?)がありましたが、祭本番のときは電車(JR)を利用したほうが良いと思いました(汗だく)

えっ?肝心の日程をはやく知りたいって?はい、↓こちらをどうぞ。
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「里曳き」~「建て御柱」は5月3日(水)~5月5日(金)。

つづきは次回をお楽しみに。「小野御柱」の情報は、こちらからどうぞ。 → 小野おんばしら






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