ぶらり旅 松本市をたずねました。④

皆様、こんにちは。「松本市をたずねる旅」は今回で完結です(汗)

前回は「四柱(よはしら)神社」をご紹介しました。↓こちらは「御幸橋(みゆきばし)」です。


明治天皇が信濃地方にはじめて御巡幸の際、松本の行在所(あんざいしょ、天皇がお出ましの時の仮の御殿)を四柱神社内に定めました。明治13年6月24日の午前中に竣工、午後に到着した明治天皇が、この橋を渡って行在所に入られました。

つづいて訪れたのはこちら、「縄手(なわて)通り」です。女鳥羽川(めとばがわ)の千歳橋から一つ橋までの通りです。その呼び名は松本城の南総堀(外堀)と女鳥羽川にはさまれた「縄のように細長い土手」というところから由来しているそうです。松本城建築の際に測量用の縄を張ったから・・・という説もあります(汗)
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明治になって南総堀が埋め立てられ、「四柱神社」が建立されてからは、その参道として栄えました。戦後は闇市的なテントが川沿いに並び、たいそう賑わったそうですよ。

↓昭和47年には、よごれていた女鳥羽川をきれいにして、かつて生息していたといわれる「河鹿蛙(かじかがえる)」が再びもどるようにとの願いを込めて、「カエル大明神」が建立されました(大汗)
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↓今ではすっかりシンボルとなった「カエル」です。
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↓約50のお店が軒を連ねています。
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和風小物屋、陶器店、骨とう品店、ラーメン店、カフェ・・・いろいろなお店があり、たいへんにぎやかでした(^0^)/「松本城」や「旧開智学校」を見学したあとに立ち寄るのもおもしろいとおもいます!(スタッフ談)

さて当ブログは、本日なんと!開設3周年を迎えました。 ここまで続けられたのも、読者の皆様のあたたかいご支援の賜物です。本当にありがとうございます(涙)

これからも施設の話題やリアルタイムの周辺情報などを発信していきます。今後とも宜しくお願いいたします。(蓼科高原荘スタッフ一同)




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