ビーナスラインを渡る風 蓼科高原荘スタッフブログ
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ぶらり旅 松本市をたずねました。②
皆様、こんにちは。「松本市をたずねる旅」、きょうはこちらからご案内します(^0^)/
注:写真と説明は3月28日現在のものです。

↓「旧開智学校」と同様、皆様よくご存じだと思います。「松本城」にやってきました。


「松本城」は、戦国時代の永正年間につくられた「深志城」がはじまり。天守は現存最古の五重六階の木造天守です。黒と白のコントラストが特徴的です。 明治5年(1872年)には天守が競売にかけられ、一時は解体の危機がおとずれましたが、地元有力者の尽力によって買い戻され、難を逃れたとの事です(汗)

天守は昭和11年(1936年)4月20日に国宝に指定されました。城跡は国の史跡です。

DSCN4967.jpg

DSCN4968.jpg

冒頭の写真、天守の右側にあるのが「辰巳附櫓」・「月見櫓」(赤い手すり?)です。こちらは、戦国時代がおわり世の中が落ち着いた寛永年代に増設されたものです。「天守」が戦い(攻撃と防御)のためにつくられたのに対し、こちらは優雅な月見?のためにつくられました。天守の建物に「月見櫓」が接続しているという「複合連結式天守」は「松本城」だけだそうです。

この「辰巳附櫓」・「月見櫓」は、3代将軍・家光が長野の善光寺に参拝する途中、松本に立ち寄ることになったため、当時の藩主・松平直政が建てたものだそうです(汗)

DSCN4971.jpg

DSCN4965.jpg

享保12年(1727年)に本丸御殿が焼失し、以後の藩政は二の丸で執務がとられました。

↓「人力車」。
DSCN4973.jpg
付近の周遊がたのしめるようです(汗)

↓城の東側にある「太鼓門」。
DSCN4975.jpg
こちらの外にある松本市役所の駐車場は日曜日は無料開放されているそうです!ただし駐車スペースはすくないようですので、朝はやく行かなければいけないかもしれません(脂汗)

↓「桜」はまだつぼみも堅そうでした(汗)
DSCN4984.jpg

松本城管理事務所による開花宣言のあと、「夜桜会」などのイベントがあるそうですよ。旅の計画に組み込まれては、いかがでしょうか。情報はこちら → 松本城イベント情報

↓「梅」はこんなかんじです。3分咲きといったところでしょうか。
DSCN4983.jpg

DSCN4980.jpg

↓こちらは西側から望む天守です。
DSCN4986.jpg

いやー「国宝・松本城天守」、一見の価値ありですよー(^0^)/

ここでスタッフはおなかが空いてきたようで、次回はお昼ごはんのリポートからだそうです(汗だく)





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